お侍様 小劇場

    “これも“尋常”カテゴリー?” (お侍 番外編 72)
 


 彼らの住まいがある町は、一応は都内だが、古くもなく新しくもない住宅街を中心に据えた、最寄りのJR駅には快速も停まらぬ、ごくごく平凡な小さな町で。駅前に商店街が寄り合うところから、街路に沿ってゆるやかな坂を昇ってきたその突き当たり。ともすりゃ場末と呼んでもいい位置にある自宅を、色んな意味から“護る”のが自分の仕事と自負する七郎次だったが、

 “でも…そういや今年は、よく出掛けたほうだったよな。”

 慣れた手際で、これからが本番なプリムラの小鉢を幾つか、リビングから望めるポーチへと並べつつ。当家の主夫殿、ちょっぴり感慨深くなって とある想いに浸っておいで。去年と変わらぬ日々のはずが、そして そうであるよに保つのもまた、ある意味で彼へと課せられた使命のはずが。この一年は、結構波乱に富んでたような。それをしみじみと思い起こしていたらしい、島田さんチの良妻賢母さんだったのだが。……実のところは、他の年だって普通一般のご家庭に比べれば とんでもない出来事だらけなのかも知れない、そんなご一家なのだけれど。そっちの方はそれこそ内緒で、且つ、彼らの感覚からも勘定の外だというから穿ってる。国際紛争の引き金になりかねない“援助物資 横領・強奪事件”が勃発しかかったのを、途中から奪い返して搬賂へ戻し、いけないことした犯罪組織を完膚無きまでに叩きのめして、再起不能なまでにつるし上げたり。某国の要人への暗殺構えたゲリラ組織の、現地での案内役を人知れずこっちの顔見知りと差し替えて、砂漠での迷子にしちゃって“あら失礼”と、無責任にもガイドだけが帰還したり。国政関係の某省庁の二重帳簿の発掘から、命懸けての荒ごとがまつわる国際的極秘緊急事態まで。世界を股にかけての、大なり小なりの活躍&暗躍こなす、頼もしいのだか恐ろしいのだか、そんな組織の実は惣領でもある家長殿だったりもするのだが。そういう桁外れな事件の数々の方は、だのに“例年のこと”扱いになるという、根本的なところで群を抜いて とんでもないお宅でもあって。そんなこんなを“さておいた”上で、今年は大きな出来事があったなぁと、何とも代替の利かない変化があったこと思い起こしたらしい七郎次が、

 「    、〜〜〜。////////」

 一時停止の後、一体 何を思い出したんだか色白な頬をさあっと真っ赤にし。それを誤魔化したくってか、うなじへ束ね損ねたものが幾条ほどか お顔へと垂れていた金絲をば、手の甲で無意識に掻き上げているものの、

 「シチさん。土まみれの軍手でお顔を拭うのはやめた方がいいですよ?」
 「…っ!」

 とうとう見かねたためだろう、お隣りの平八さんが生け垣越しにそんなお声を掛けたほど。無我夢中でそんなごしごしを続けてただなんて、本当に…何を思い出したおっ母様だったやらですな。……え? 白々しい? あらんvv
(笑)





       ◇◇◇



 かくの如く、微妙に世間様とは物差しが異なる部分も、あちこちへ持ち合わせておいでのご一家なれど。此処での住まいようはと言やあ、さして突飛なということもなく。壮年、青年、少年期、それぞれの年代のそれぞれなりの綺麗どころが駒を揃えた感のある、なかなかに綺羅綺羅しい見栄えのご一家ではあるものの、住まわりようは静かなもので。遠い親戚筋の者同士、勝手がいいからとか、互いに慣れたところが多い間柄だからとの事情がうまく咬み合ってのこと、世代の異なる顔触れでありながらも、破綻のないまま仲良く同居をしている男所帯。最近になって加わった高校生の次男坊が、そりゃあ懐いている主夫担当の七郎次さんなぞ。金髪碧眼に透けるような白い肌という、どう見たって日本人じゃあなさそうな色彩まとった御仁じゃああるが。例えば顔や姿を見ずに、声や話しようだけを聞く限りじゃあ、特に奇抜なところもない御仁で。

 「そうなんですか。お茶屋の里美さん、縁談が決まったんですか。」
 「そうなのよう。
  好みがうるさい子だったけれど、今度こそはってお咲さんも気張ったらしくて。」
 「これで何組ですか? 金物屋さんがまとめたお見合い。」
 「確かねぇ、
  菊屋坂のお茶のお師匠さんとこの下の息子さんが80組目とか言ってたから。」
 「うあ、じゃあそれ以上って事ですか。すごいなぁ。」

 こういった四方山話にもちゃんと加われる下地を既に固めておいでなくらいに、ご町内でも居て当然なお顔という認可をいただいて、もうどのくらいになるのやら。目許をたわめて微笑うお顔は、半端な役者よりよっぽど品があって美麗なものだが。そこは歴とした男衆なのでと、頼まれればお年寄りのお宅に模様替えのお手伝いに行ったりもするし。そうかと思や、シチさんの作るブリ大根がまた、絶妙な味加減と煮加減で美味しいのよねぇとか。あの切り口が花模様ののり巻き、ウチの姪にも作り方を教えてもらえないかしらとか、そういう家庭的な方面でも頼られていたりもし。

 「あ、それじゃあ今日はこの辺で。」
 「おや、シチさん、何かご用事かい?」

 不意に話の輪から離れかかった彼へ、ちょうど客足が途切れて話相手欲しやだった和菓子屋の女将さんが、いかにも残念そうな声を出したが。それへと、何とも日本人という仕草にて、ごめんなさいねと両手を胸の前で合わせて見せて、

 「今日は久蔵殿が早く帰って来るんだった。お留守番させては気の毒だから。」
 「あらまあ、確かに。」

 女将さんもよくよく知ってる、このお兄さんと微妙に特徴の似た、生まれついてのそれらしい見事な金髪に赤い双眸をし、伸びやかな肢体をした、そちらさんもなかなかに美麗な男の子。時々お買い物へも着いて来るくらいで、女将さんも素直ないい子だと知ってはいるが、何と言っても遊び盛りの高校生だ、お出掛けも出来ないんじゃ気の毒だねと思って下さったらしくて。

  ……だが、実のところはさにあらん。

 どこかへ出掛けるどころか、早く帰って来るというのだって、目的は同じでただ一つ。大好きな七郎次の傍らに、好きなだけ居たいだけ。そんな彼だと知ってるものの、そのままを他言するのはなんとなく気が引ける。久蔵本人はどこで公言したって平気とばかり、胸を張っての一向に憚らないかもしれないが、そんな彼が好き好きとしている対象本人が、それをそうと説明するのは 微妙に自慢げに聞こえかねないなぁと思ってしまってのつい。誤解されているらしいと判っていながら、いまだに訂正出来ずにいる辺り、

 “それこそ しょってるってやつなんでしょうかね。”

 そんなつもりはないのだけれど、勝手に自惚れての厭味な謙遜しているだけかしら。第一、そんな風に誤魔化していると久蔵殿が知ったらば、迷惑なの?との意を込めて、きゅううんと小首傾げて訊かれかねない。うああ、あのかあいらしいお顔でそんなことを無言で責められたりしたら、あたし、あっさり陥落させられるかも知れませんと。まだ全くの全然そんな運びになってもないのに、勝手にシュミレーションして その胸中にて目一杯困ってたりするおっ母様だったりし。やだやだどうしよ、こんな疚しいこと思っちゃったなんて既に失点1だから、今日は茶碗蒸し作ってあげましょか…なんて。却ってそこから“何があったんだろか”と窺われないかというよな墓穴を掘るのも、実は得意な困ったお人。だったらえとえと、ギンナンに三ツ葉も買い足さないとと、八百源さんのある方へと進みかかった七郎次だったが、

 “……まただ。”

 その白い頬が微妙に強張り、ふと視線が流れたのが、雑貨小物のお店のショーウィンドウ。ガラスの向こうに据えられた濃色のバッグを眺める素振りで見やったのは、そこへと映り込んだ自分の背後。やっぱりと確かめてから おもむろに振り向くと、相手が慌ててのそそくさと、あらぬ方へと視線を逸らすところも昨日と同じ。そうと確認した相手というのが もしやして此処いらの女子の人だったなら、含羞みからの素振りかとも断じられよう。そしてそんなお人が相手なら、よござんす預かって差し上げましょうと、意外や意外受けて立ちもする所存。だって久蔵殿へのお手紙か伝言でしょう?…と、何でそうと決めつけるんだおっ母様
(笑)というよな、素っ呆けた発言も辞さない、妙なところが方向音痴な人なのも相変わらずだが。こたびはそうじゃあなくっての、

 “……男の人だってのが、どうにも腑に落ちないのですが。”

 何だろう、何でしょうね。勘兵衛様や久蔵殿が時々お呼びの、駿河や木曽の“草”の方ならば、こうまで判りやすいレベルでの下手な尾行や護衛なぞしやしまい。護衛が付いてるぞ、だから早く帰りなさいと急かす意味から、故意に“下手目立ち”しておいでなのかなぁ? でもだけど、そういう護衛をつけて下さるような折は、一体何がどうしてというのを、前以てのかいつまんで話して下さるのが通例だのに。そうしとかないと、思考上での方向音痴が遺憾なく発揮される恐れが…いやその、げほんごほん。

 「……。」

 護衛が付くという対処自体、島田一門へと限っても滅多にあることじゃあないので、そこのところも腑に落ちない。勘兵衛の周辺を探る誰かが居てのことなのかなぁ。でも、それでここまでその目串が立っているのなら、こんな風に家人を尾け回すような地道なことをするだろか。くどいようだが、島田の家は資産家だの財界の黒幕だのという種の一族ではない。海外でこそ その個々人が眸を瞠るような跳梁をしもする“特殊工作部隊”扱いをされてもいるが、国内での地位や存在感とやらは、せいぜい何処ぞかの財団法人を所管している団体程度のそれであり。大戦時の頃は知らぬが、今の一応 安寧な国内では、その活動もせいぜい諜報レベルのものに限られているくらい。そんな程度の対象を、家人まで追っかけ回して探るものだろか?
“…そうじゃなかったとしても。”
 七郎次とて これでも一応“島田”の家の人間なのだし、これを持ち出すと勘兵衛がまずは間違いなく怒
(いか)るのだろうが、いざという時は 主幹級の方々を庇う“楯”になる覚悟も、昔と変わらず持っているのにね。そのために…というのは滸がましいが、せめて足手まといにはならぬよう、武道にだって励んだし、仰々しい鍛練は大奥様がご案じになったので、そうとは悟られぬ圏内での精神修養になればと、茶道や華道も嗜んだ。だっていうのに“要・護衛対象”として括られるほど大切にされるのは、アタシが微妙に“島田”の名乗りをしていないからなのかなぁ。諏訪の家を興さぬならば、一般人や成人前の和子らと同じ。それで…と、そういう順番で護衛がつけられる場合も、もしかしたらあるのかなぁ。
“それって…。”
 任務へ出ない以上、ご案じ下さいますなと実力を見せるような場面や方法とてなく。だがだが、諏訪の再興でも言い出さない限り、どんなにささやかな任務であれ、あの勘兵衛が七郎次に関わらせる筈もなく。ここは大人しく大切にされておればいいのだろうか、戦場から帰る場所として、癒し安らぐ存在として、若しくは…絶対に護り切らねばならぬ最終聖域として、支えになって差し上げられるような、価値や意味のある自分なのだろか。

 「〜〜〜〜。」

 放っておくと、何だか壮大なテーマまでが ぐるんぐるんと廻り始めそうになって来た胸中だったとはいえ。いかにも物思いに耽っておりますという顔をしてもなけりゃあ、意識の方だって ぼんやりしてもなく。トートバッグを提げた肩を時折揺すり上げながら、ほてほてと自宅までの道を帰りかけてた彼を、やっぱり追ってくる人影があり。繁華街ほどではないながら、それでも結構な人目のある こんな場所での騒ぎはよくないが、さりとて自宅までついて来られても剣呑だしと、それこそさりげなくも意を決した七郎次。左の手首を持ち上げ、時計を確認したような素振りを見せると、そのまま横へと折れる曲がり角へと不意にたったか急ぎ始める。まるで待ち合わせ場所に相手が先に来ていたかのよな、そんな自然な加速であり、だがだが尾けていた側には微妙に意外な行動だったか。

 「…っ。」

 あわわと焦っての、そちらさんも足早になりかかったところが。不意な力が横から働き、ぐいと引っ張られたのがすぐ真横へ。いきなりの方向転換だったにもかかわらず、体への無理強いは一切なく。掴まれたのだろう腕へも、強引に横へと引き寄せられた足にも何の負担も痛みもないままの、見事なまでに巧みに操作されたとしか言いようのないなめらかさで、真横に空いてた細い路地へと引っ張り込まれてギョッとした彼を、どんと今度は恣意的に、強く叩いて壁へと押しつけた手があり、

 「一体 何の真似だい、お前さん。」

 意識して低められると冷たい迫力を滲ませもする、ちょっぴりクセのある声が問い詰めて来る。何だなんだと混乱していた意識の焦点を、それでも何とか落ち着かせたものの、すぐの眼前に迫っていたのが…自分がこそこそと追っていた、標的だった青年のお顔と来て。

 「ひ…。」

 そんな馬鹿なと、不条理な状況への理不尽さに尾行男がゾッとする。だってこの彼は数間ほど先を歩いていて、しかもそこから横手へと駆け出したはず。この路地の1つ向こうの角での、そんな背中をそんな動作を確かに見たし、だからこそ自分も駆け出したのに…何で今こうなっている? 彼らがいるのは、路地というより小さめのビルの狭間の空間。その片やのビルの堅い壁をくぐり抜け、しかも瞬きする間というほどの刹那に素通りせねば、こんな状態には運べない。なのになのに、何でどうして?

 「どうしたね。…ああそうか。
  アタシがいきなり、こんな間近にいるのが信じられないんだね。」

 思うところを見透かされたと、ますます肩を縮め、竦み上がって見せる彼へ。間近に見ると底無しの光のたまりのような青い双眸が仄かにたわみ、くくくと小さな含み笑いの声がして。

 「なんてこたぁない。
  あんたが角を曲がったと思ったお人は、アタシじゃなかっただけのこと。」
 「え…?」

 この男の姿をショーウィンドウに見つけた雑貨屋の表には、様々な小物がワゴンに乗って廉売されてもいたので。その中から褪めた黄色の羽のハタキを手に取ると、

 「通りすがりのお兄さんの、背中へ降ろしてたフードに突っ込んでやったんだ。」

 何だか急いでいたようだったし、ほんの僅かほどのダミーになってくれたらいいだけ。案の定、あんたはそっちへ眸を奪われて歩き出してくれたから、

 「こうして、思わぬ形勢逆転に運べてるって訳だ。」
 「そんな…。」

 言われてみれば、この人がサッとこちらへ振り返ったものだから、その間合いだけは視線を外した。それから…すぐにも動き出したんで、あわわと焦ってたのも事実だけれど。そもそもの尾行からして、始めてからものの数分経たぬ間にあっさり見抜かれていたことといい、そして、それから襲い掛かってきた…次の展開といい。とんでもない人へかかわってしまったらしいと、後悔したが時すでに遅く。

 「…っ。」

 余裕綽々、不敵なまでの笑みさえ浮かべ、さあどうしてくれようかというお顔でいたはずが。何にかハッとした七郎次、いきなりその端正なお顔を 上へ…頭上へと振り向けた。それと重なってのほぼ同時、最初に黒っぽい影が空間をよぎるように躍って、それから。

  ――――― ざぁああぁぁぁ……っ、という

 大きな翼が空を叩いて羽根を鳴らしたような。そんな音が聞こえたような、そんな幻影が見えたような気がしたほどに、そりゃあ鮮やかな存在感をまとっての舞い降りて来た誰かがあって。え? なになに?と、再び目が眩みそうな想いがした尾行男へ、

 「…っ!!」

 最初に自分を壁へと押さえつけていたお兄さんの方はまだ、ただ肩に手を置いてた程度の力の掛けようだったけれど。こっちの“彼”のは容赦がなく。どんと押されたその手際には、故意に痛くするコツを心得てんじゃないかと思えたほどの威力があった。背中を強く叩きつけられ、思わず いたたっと声を上げたのへ、

 「久蔵殿っ。」

 尾行対象だったお兄さんがまずはと驚き、その手を押さえて下さった。それまでは少々すれた物言いの、悪党ぶったような態度を取ってた筈のお兄様だったが、随分と驚いたことで何か憑いてたものが落ちでもしたものか。急に…表情からして清楚で真摯なそれへと塗り変わっていて、

 「いけません。手を放しなさい。」
 「…だがっ!」

 そんな彼から…責めるというより宥めるためにと、白い手で掴みかかられ、懸命に諭されていた、別の少年がいつの間にやら増えており。こちらさんもまた在日外人さんであるものか、制服姿なのさえ“萌え”の対象になりそうな、金髪痩躯のイマドキ風な美少年ではあったれど。鋭いまでにぎゅうと眉間を顰められたるお顔は、切れ長の目許といい、肉薄な口許といい、それ以上はないほど引き絞られての、まるで親の敵でも睨むような恐ろしさ。それより何より、

 “この子、どっから…?”

 最初に向き合ってたお兄さんが確か上を見上げて、その次の瞬間にはもう、こんな態勢になっていた。この路地を挟み込んでるビルは、小さめとはいえ、どっちのも3階以上はあるそれで。羽ばたきの音が聞こえたような気がしたのは、風を切って飛んで来たという存在感から受けた単なる印象。実際は、窓が開いた物音もなかったから、


  “……じゃ、じゃあ、屋上から?”


 じょ、冗談じゃないよ。どっちの金髪さんにしても、こんな風に…こんなレベルで変わった子だなんて聞いてない。場慣れしてるなんてレベルじゃないじゃん。悪の結社とか裏組織とかが秘密裏に養成した、人間離れした格闘がこなせるような、達人とか超人とかってレベルじゃんか……。
(おいおい、おいおい…)






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